高橋智裕さん講演会開催!!

雪がちらつく2月23日。
いわき市在住のフォトジャーナリスト「高橋智裕さん」の「写真展&報告会」を開催しました。
会場は金沢市東山にある「金澤町家ギャラリー&カフェ椋」。
町家なのでとってもシックな和の空間。
その落ち着く空間に、高橋さんが震災後~つい最近まで取り続けてきた被災地や被災地に住む方々の写真約50点が飾られました。

今回のブログでは、講演会の内容を皆さんにお届けします。
長分ではありますが、それでもほんの一部。
どうぞお読みください。

3月11日の地震発生時、震災直後は支援物資や炊き出しなど本当に助かった。沢山の義援金も復興活動の為に使われた。災害直後は、せっかくの物資が届かない被災地も多く、ガソリンがない、人がいない。翌日12日東京電力の爆発が起こり、放射能のニュースが流れる。放射能の関係上、運送会社が福島には入りたくないということで茨城までしか運んでもらえず、物資を取りに来てくれと言う指示もあった。

今、被災地の中には言えば「食べれる」「もらえる」と感じている地域や人もいるが、働く場所もなく、わずかな交付金で生活している人もいる。勉強したくても勉強ができない子供達、寒くてカビが生えて音が聞こえる仮設住宅で過ごす人達も多くそんな環境で自然とストレスもたまる。
写真展にもあるように被災地東北の子供たちはとても明るい笑顔で過ごしている。私達大人は被災地の子供達の笑顔を絶やさないように!希望がつながるよう今を一生懸命生きている。

ここで一人の女の子福島県いわき市豊間小学校4年生鈴木姫花ちゃんの話を父鈴木貴さんからお聞きした内容をご紹介。
地震発生時、祖母の家に娘をあずけて安心して長男を迎えに行く。実はその時、津波発生の緊急サイレンは故障の為鳴らなかった。
大きな地震だったが保育園にいる長男が心配なので迎えに行った。長男を乗せて帰ってくると津波が来ていることを知り、娘がいる祖母の駐車場につくがすぐそこに大きな津波が来て、急いで長男を連れて高台へと非難する、逃げながら後ろを振り返ると想像以上に大きな津波が家や町、祖母と娘を一緒に津波がさらう。
娘の生還を祈り、探し続け7日後、隣町の海岸で遺体となって見つかる。娘の姿は不思議と傷もなく、そのままの綺麗な姿で見つかった。鈴木姫花ちゃん、享年10歳、寂しくつらい現実に何度も悔しがり、今でも毎日娘が見つかった場所でお参りしている。「姫花助けられなくてごめん・・・」
姫花ちゃんは子供の頃から絵を書くのが大好きでいくつもの賞を取っている、中でも灯台と夕日を描いた作品は素直な気持ちを表現しており、福島の夕日は海ではない方角に沈むため描くことは少ないらしい。絵の中に沢山の子供達がいる、お友達と一緒にきれいな夕日を大きな灯台で見れたら良いな、そんな素直な気持ちで描いた作品を父、貴さんは悔しい思いで何度も見つめる「なんで、自分の娘が!」と思う毎日が続いたが、今は「親として助けられず恥ずかしい」という想いに変わった。今は灯台の絵はハンカチとして販売されており災害孤児の義援金として寄付している。

豊間中学校に残っていたピアノは、紅白歌合戦で嵐の桜井さんが演奏した事で有名になった。今では全国様々な地域から復興支援の為イベントがある、中には被災地の有名な地域でイベントをすると影響力もあるらしくメディアが話題性として取り上げてる。被災地に住む子供たちは毎日イベントがあると体育館に集まる。2年が経ち子供たちは正直疲れている「もういい、疲れた」と感じているのも現実だ。有名アーチストは子供達も喜ぶのだが、現実はそっと静かにさせてほしいと思っている。

3月11日は喪に服する日、イベントやコンサートがあっても遺族はほとんど行かない、喜ばない。静かに手を合わせる日であってほしいと願っている。今年の追悼式のプログラム内のコンサートで演奏される曲には正直がっくりきた、激怒する人も多い、そんなつもりは無いのはわかっているが素直に受け取り感じることができない、本当に遺族や亡くなった人達の思いを考えるとこのような式典をみなさんはどう感じるか?

子供も含め、私達被災地の誰もが経験した事、遺体を見てしまっていること、私は写真家であり撮影が仕事だが撮影が出来ないくらいの悲惨な現実を見た。
最近あるメディアから取材協力の依頼があった。3月11日は数えで3回忌になるので特集の番組制作の為の取材協力依頼だった、そこで指示されたのは「もっと悲惨な場所を取材したいので悲惨な状態を教えてほしい」と。番組には進行として必要な構成があるので仕方ないとは思うが、このようなテレビ局があるのも事実である。

1枚の写真の紹介、一人の女性がゴミを拾っている、実はこの女性の家の場所。声をかけると泣きながら厳しい目で「何ですか!」と一喝される、取材用のネームタグを見て「高橋」の名前に安心する。
話を聴くとゴミは最近のゴミ、観光気分で来たのか缶ビールもあったらしい。ここがどんな場所かわかって捨てているのか?支援の前に人として考えてほしい。

震災から2年、メディアが報道する「福島は元気です、いわきは元気です」ある店がオープンしました事を報道されると、復興できたのか、良かった、と勘違いしないでほしい。やっと「ゼロ」のスタートに戻っただけ、皆さんに感じてほしいことは報道を見て「これから大丈夫なのか?」と思ってほしい、観光が少ないいわき市には県外からの人が少なく、来なくなっている、もう大丈夫だからと勘違いされているから。

ニュースや報道が情報として一番。報道は変化が無いと取り上げられない事もあるので、放送されていないのは復興が終わっているのではなく、現状は何も変わっていないから。青森からいわきまで海岸線700Kmを取材したが何も変わってなくこれが現実。報道では原発の厳戒地域に住む人達が「鼻血を出している」と報道されるが、誰も出していない。子供達も元気に外で遊んでいる。

今、被災地ではどんな支援よりも必要なことは真実を感じ取っていただきイベントやコンサートではなく現地に来て人とふれあい、お話してほしい、共に笑い、悲しみ、喜びたいと願っている。
それはあの日の事を「一瞬でも忘れることが出来るから!」
単純に一緒に笑ったり泣いたり、再開できる事が嬉しい。

そして、石川県にも福島から避難している避難住民の人達がいる。その人達は間に挟まれ地元では裏切り者扱いをされ、避難場所の他県では申し訳ないと感謝しながらの生活が続いている、自分達の居場所がないと感じてしまっている人も多い。
出来れば避難住民の人達とも友達になってあげてほしい。

私達は何年何か月経とうとも2011年3月11日を生き続けなければならないから、あの日の事を忘れず、今を感じていただきながらこれからも一緒に応援してください。  (記事:塩嶋輝時)

最後までお読みいただきありがとうございました。
是非写真を見にいらして下さい。
この講演で話した彼の想いが写真から感じとれる事でしょう。
写真展は3月3日まで開催しています。
時間は11:00~19:00まで。(最終日3日は~16:00まで)
たくさんの方々に被災地の「今」を感じて頂きたい、そしてさくらは被災地の方々に寄り添う活動を今後も継続して行きます。


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